Tutian日記

社員20名のベンチャーに新卒入社し、27歳で管理職になるも、29歳で創業130年老舗メーカーに一兵卒として転職してみて気づいたことを書きます。 ①人材業界②人事③就活④大企業vs中小企業といったネタで書こうと思います。ゆるいプライベートの話題も書きます。

使命に集中すれば、雑音は気にならない

今日は都内某大学に訪問。働き方改革の分野で著名な先生に、役員向け働き方改革セミナーの講話をお願いしに行った。

逃げるわけではないが、働き方改革は人事だけでは完遂しない。

人事は、例えば柔軟な勤務ルール、時間でなくアウトプットで評価される制度、年功序列を弱めて長期勤続ではなく現在の役割に報酬を払うなど制度は作れる。しかし、それを活用することが許容される組織風土は、各職場で作らないといけない。

また、個人の業務生産性向上のための工夫も限界がある。仮に(あくまでも仮に)「長時間労働により無理を聞くことで競争力を生み出すビジネスモデル」である限り、いくら個々人が生産性を上げたところで、そのビジネス環境下における価値の変換効率は悪い。

理想論だが、長時間労働に依存しなくても付加価値を提供できるビジネスモデル、無理を聞かなくても顧客が尊重してくれる会社にしなくてはならない。

そのためには、管理部門だけではなく、経営者が働き方改革を「自分事」としてとらえ「自社のビジネスの在り方をどうしたいのか」を考える必要がある。

それなしに、労働時間削減・休暇取得率向上のみが先行してしまうと、本質的な目的なき働き方改革となり、頓挫する。(持ち帰り残業や、サービス残業、もしくは管理職の負担が増えるだけとなる)

というわけで、まずは経営陣へのアプローチ、なのである。

50代、60代の「一生ワーク・ワーク世代」には、働き方改革=全員一律労働時間が下がり、会社の競争力が失われるのでは、思いっきり働きたい社員のモチベーションを下げるのでは、という誤解がある。また、自分の若い時大事にしてきた働き方(成功体験)を否定されているのでは、という心理的抵抗がある。

そうではなく、働き方改革=ワーク・ワーク社員もそうでない人も、多様な働き方を認めること。ワーク・ワーク社員を否定することではなく「ワーク・ワーク社員に非ずんば、貢献できない・存在を認められない(と感じてしまう)組織風土」から、「様々なワークスタイル=貢献スタイルが認められる風土」にしていくことなのだと理解してもらう必要がある。

一回の講話で腑に落ちることはないかもしれないが、今後話者(媒体)を変えシチュエーションを変え、地道に発信&対話を行っていきたい。

ところで、今日訪問した教授とのご縁をいただいたのは、とある他部門の方のご紹介のおかげ。彼も中途入社で、新しいチャレンジをどんどん仕掛けている。今日も一緒に同席してくれた。

彼も「新しいチャレンジをしようとすると、失敗しそうな要因、できない理由ばかり挙げて自分は何もしない非建設的な批評家」にたくさん出くわすという。チャレンジをやめるべき理由は言えない、だけど「今までやったことがないから」「過去同じようなことをやって失敗したから」どうせできない、やめておいたほうがいい、という人たちだ。

「嫌な気持ちになることはないですか?」と聞くと「自分の使命に集中すれば、雑音は気にならない」ときっぱり。うーん、素敵です。見習いたい。

連結数万人の企業ってもっとシステマティックなのかと思っていたが、意外と最後の最後は当事者が一歩踏み出せば、ある施策が実現し、ちょっとずつだが組織が動く。

管理部門は「虚栄を追うべからず」?

来週、某総研主催の「えるぼし取得を目指す会」なるものに「えるぼし取得企業」として講演することになりました。決してわが社が先進企業だとは思っていませんので、ぶち当たっている問題も含めて現実をさらけ出して来ようと思います。他社に伝えることで、自社のいいところも足りないところも、再発見できそうな気がしてとても楽しみです。
 
前職ではよくセミナーで講演とかしていましたが、転職してからは初です。いつか事業会社の人事として事例発表とかしてみたかったんですよね。今回たまたまのきっかけでお声がけいただいてありがたい限りです。人生やっぱりプランド・ハプンスタンスというか、思考の現実化というか、何がタネづくりになるかわからないというか、すぐに結果が見えなくても何かにつながると思って頑張らないといけませんね。
 
あとは、こういう講演に出ることについて「管理部門は功名心を捨て、虚栄を追うべからず」的な考え方もありますが、私は管理部門だろうが何だろうが仕事は、企業の顧客(もっと言うと、ファン)の創造と顧客(直接的な顧客以外のあらゆるステークホルダーを含む)の課題解決だと思っていますので、ちょっとでも「いい会社だな」「将来転職してみたいかも」「株を買おう」と思われる可能性があるのなら、やるべきだと思います。
 
さらに「黙って仕事をこなし」ても、「世間に情報開示」しないと「何もしていないことと同義」とみなされる時代だなとも感じてます。「決して表にでず、虚栄を追わず粛々と任務を遂行する」という価値観も否定しないし、大事だと思います(ちなみに、ファーストキャリアから人事で、生粋の人事という方はこういう考えが強い方が多い気がしています)。しかし、それだけの人事では、人事へ期待・役割(顕在化してないかもしれないけど)を100%は満たせないのではと思っています。
 
※ちなみに、正確には「虚栄=ありもしないことを誇ること、中身の伴わない見栄っ張り」だと思うので、そもそも事例発表=虚栄ではないのですが。言葉のあやです。「管理部門虚栄を追うべからず」というのは、管理部門では「ウチの会社はこんなことができてます。こんな取り組みをやってます」と情報開示することに対して保守的な意見の方もいる、という意味です。
 
小規模な会ですので「ファン創造」と言っても限定的かもしれませんが、与えられたチャンスを生かし、聞いてくださった方に少しでも役に立つように頑張ってきます。

日月潭玄奘寺にて

ここに、三蔵法師こと、玄奘の舎利が祀られているそうです。ちなみに私は、三蔵法師といえば夏目雅子(亡くなられたのは私の生まれた1985年)、がわかる最後の世代です。小学生に上がる前に、よく再放送で西遊記が流れていた気がします。

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さて、なぜ台湾で玄奘?というと、南京で日本軍が玄奘の墓を発見し、その一部を埼玉県のお寺に分骨したとのこと。さらに終戦後、南京国民党政府の後継ということなんでしょう、一部を分骨する形で台湾にお返ししたのだそうです。

玄奘といえばインドというイメージですが、旅したルートを見ると、カザフスタンウズベキスタンなど中央アジアパキスタンバングラデシュ、ネパールなどインド以外の西アジア、南アジア全体にまたがっており、16年の大冒険だったようです。しかも、王朝に命じられたからではなく、純粋に自分の意思で、王朝に無断で出国しているんですね。まさに命がけです。

ゴダイゴの歌を聴いて、ガンダーラが目的地のように思っていましたが、玄奘の旅したルートを見ると単なる通過点に過ぎません。16年もの長旅を忠実に再現すると話が長すぎるため、小説にする際にシンプルにしたのでしょうね。タケカワユキヒデさんは東京外国語大学の大先輩にあたりますが、ヒンディー語でも中国語でもなく、英米語専攻だったからか、さすがにここまで細かいことは気にしてなかったのでしょう。

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私は山道を数キロ歩いただけで疲れてしまいましたが、これだけの長旅、しかもインド本場の経典を背負って運びながらの旅は、想像を絶する旅であったでしょう。しかも、当時は交通も宿泊も食事も異言語コミュニケーションも困難を極めたに違いありません。

半分冗談ですが、半分真面目な話、この方は日本にも大きな影響を間違いなく及ぼしています。何故なら、玄奘がいなければ、小説・西遊記もなく、「ドラゴンボール」も存在しなかったから。もしくは孫悟空の名前は劉玄徳とか宋江になっていたかもしれません。「スーパーサイヤ人ゴッド玄徳」とか…ベジータフュージョンしたら「江(ごう)ジータ」になるとか…それはそれで見てみたい気もしますが…(ちなみに、日本の仏教に大きな影響を与えたのは言うまでもありません)

何はともあれ、玄奘に敬意を表さずにはいられないですね。

 

 

2016年はあっという間に過ぎていった

年々、一年が過ぎるのが早く感じるようになってきました。

2016年、何が起こったかを振り返ることもなく、2017年も1か月が過ぎてしまって驚きです。

言い訳がましいですが、普段からブログを書こう書こうと思うものの、あまり「大っぴらに書けることが少ない」のですよね。写真も載せられないし…

社外より、社内向けの仕事が多いからなのですが、思考が内向きになりすぎないよう、たまには書いてみようと思います。

2016年は、一言でいうと「幅が広がった年」でした。

【2016年1月】ダイバーシティ推進プロジェクト

2016-20年は、人事部にとって勝負の年であり、人事部がオペレーションセンターからビジネスパートナーに脱皮できるか否かの試金石となる、チャレンジングなプロジェクトが4つほど走っています。

そのうち、ダイバーシティ推進と働き方改革を行うプロジェクトのリーダーをすることになりました。

人事の世界はほぼ素人の私ですが、このテーマはまだ世間でもスタンダードが確立されておらず、試行錯誤している会社が多い中で、自社似合った施策を実行してく必要があり、人事にどっぷりつかってきた人間でないほうがむしろ向いているテーマなので、ある意味ラッキーなのかもしれません。

【2016年2・3月】春季交渉

前の会社では、労働組合などなかったので、新鮮な体験ではありました。

正直に言うと「ベースアップ要求」という手段が目的化しているような、大きな違和感を感じましたが…

会社が持続的に発展し、利益と従業員のやりがいを両立するための手段は「全員一律賃金アップ」だけではないはずです。

上部団体の言うがままに交渉してくる様は滑稽でもあり、不憫でもありました。

人事部にも同じことが言えますが、海外と国内の売上比率が逆転し、本体企業からどんどん製造・営業などの機能がなくなっていく中では、労働組合の果たす役割も変わっていかなくてはなりません。

自浄作用で改革が進むのが一番です。しかし、いい意味でも悪い意味でも、市場や顧客からの圧力を受けない労組という組織は、内部から何を変えるにしてもハードルが相当高い。しかも、会社は組合活動に表立って干渉はできない。その結果、国内で生産し、国内で売っていた事態と同じ活動を、違和感を感じながらも続けてしまっている。

会社は労組が無くなっても・強くなりすぎても困りますから、生かさず殺さず付き合っている…存在自体に意味がある、と言うことなんでしょうか。

もやもやしている間に、2年連続ベアという結果で初めての春闘は幕を下ろしました。

【4月】構造改革

あまり具体的には書けませんが、子会社の合弁解消に伴い、社員の転籍に関する仕事にも携わりました。

つい最近まで、新しい人を採用する仕事をしていて、今も「働きやすい会社づくり」のための仕事をしているのに、何の因果かな…と最初は困惑したものです。

言い方が難しいですが、今後にも生きる経験だと思います。

【6月】驚愕のアンケート結果

ダイバーシティPJの施策案をつくるために、まずは社員のアンケート&面談調査をしたのですが、その結果がまとまったのが5月でした。

世間と比較できるように、ある財団のアンケートと同じ設問を使って、他社の回答とウチの会社の回答を比較してみたのですが…

なんと、他社よりも「上司とキャリアについて話す機会がない」という人が多く、さらには「(ウチの会社では)出産・育児を想定できない」という回答がある(他社の結果では0%)という驚きの回答結果。

問題の根深さを実感するとともに、先が思いやられるなあ、と途方にくれたものでした…

ここから、経営会議を通してダイバーシティ推進に関する社長メッセージ発表+施策承認までに、半年以上かかってしまいました。

【6月】屋台村

全社の改善小集団活動みたいなものがあり、スタッフ部門代表として、全グループの発表会に参加してきました。

内容は、出張用の宿泊施設を法人価格で予約できるサイトを導入しました、というもの。

特に会社に採っては費用も発生しない、ハードルの低いものなのですが、発表後には「いい意味でウチの人事っぽくないアイディア」と嬉しいような悲しいようなコメントをいただきました。

社長とツーショットで記念写真撮れたのも思い出です。

【7月】監督官がやってくる

人生初の体験が多かった2016年ですが、労働基準監督官の臨検に初めて立ち会いました。

詳細は割愛します…

【8月】テレワークトライアル

まずは、スタッフ部門だけでテレワークのトライアルを行うことに。

私も1か月の間で7回、在宅勤務にチャレンジしてみました。

前職ではほぼテレワークのような状態だったので、もちろん抵抗はなく、企画書作成や書籍から情報を収集するなど、集中を要する仕事は会社にいる時より捗りました。

ですが、3日連続も在宅でやっていると、少し集中力を維持するのが難しい(意志の弱い私には特に…)と言うことも感じました。週に1度だけ、集中を要する仕事をまとめて行うなど、うまい付き合い方が必要になりそうです。

【9月】人事とCSR

従来、ウチの会社では人事とCSRのつながりがあまり強くなかったようです。これまでは、人事が「社外に公表するために仕事してるんじゃない」みたいなスタンスだったそうで…

ですが、CSRにも最近中途社員の方が入り、密に連携できるようになってきています。

「ウソをついたり、データを恣意的に操作して、会社をよく見せる」ことは意味がないですが、人事にとって「せっかくいいことをやっているのに社内外に公開しないと、何もやっていないのと一緒」ということも頭に入れておく必要があると思っています。

その後も、人権ポリシーの作成や、働き方改革をテーマとしたステークホルダダイアログの実施など、CSRとはうまく連携して活動ができているように思います。

【10月】若手合宿勉強会

3か月に一回、若手(~30前半)で勉強会をやっていましたが、形骸化してしまっていたこともあり、趣向を大きく変え、会社の保養所で1泊2日でやることにしました。

あるテーマを1つ決めて毎回持ち回りで講師役となる社員が「ほかのメンバーにシェアしたいスキルやノウハウを紹介する」コーナーや、

「私が人事部長だったら」というテーマで全員がディスカッション&発表するというものでした。

人事部長もオブザーバーとして参加したいと言い出し(やっぱり気になるんですよね)、非日常的な場で意見交換ができ、有意義だったと思います。

【11月】2度目のボストン

2015年は、なんと4回も海外出張に行きましたが、2016年は1度だけでした。

その1度だけの出張が2回目のボストンキャリアフォーラム。参加企業数が約1割増の約220社、しかも大手有名どころが増えており、2015年より苦戦を強いられた印象です。

さらに、大手人気企業はボストンで選考結果を出さず「結果は本国での最終面接に持ち越し」というケースも多く、ウチがオファーを出しても学生が決められないという現象が2015年よりも多く見受けられました。

さらに、渡航前の「スカイプ事前面接」やイベント前日での「ホテルでの懇親会」など青田買いが当たり前のように行われていました。来年以降は戦略を練り直す必要がありそうです。

※写真は全然関係ない企業様のものです…

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【12月】経営会議承認~トップメッセージ発信

11月に、ダイバーシティ推進に関するトップメッセ―ジ+具体的施策が経営会議にて承認され、12月にはトップメッセージ(日本語版+英語版)が正式にリリースされました。

これまでは、具体的な施策を実行する土台作りという感じでしたが、年明けからは、いよいよ実行フェーズへと移り、PDCAを高速に回転していくことになります。

やったことないことばかりなので、文句を言う人もたくさんいます。良かれと思って、正義感からなのでしょうが、パワハラまがいのことをしてくる人もいます。何が正しいのかは、よくわかりませんし、結果が決めるものだと思っています。ただ、今は自分が正しいと思うことを全力で進めるだけです。

 

「新卒一括採用」という言葉を使う人は素人

いつものことながら、この話題はホント「バカ発見機」だと感じてしまう。
 
 
○新卒入社者3年間の離職率は、昔も今も3割前後で大きくは変わっていない。しかも「辞めている人がいる」ことは、新卒採用が悪いという理由にはならない。というか、辞める人がいない採用形態などあるわけがない。
 
○新卒採用をやめると、就業経験のある中途採用のみになり、就業経験のない学生の就職率は下がる。未就業者が職に就ける(労働市場に容易に参入できる)という意味で、新卒採用が雇用に果たす貢献は大きい。
 
○企業にとっても新卒はやめて全部中途で採れ、と言われても人材調達ポートフォリオが悪くなるだけで何のメリットもない。(逆に「新卒だけで採れ」と言われても困るが)
 
○この方が「新卒一括採用見直し」という言葉でもって「新卒採用活動時期」の問題だけの話をしているのであれば、時期は完全に自由化すればよい。守れないルールを作り、貫徹せずコロコロ変えるから混乱が生まれ、求職者・企業双方の負担が増える。
 
○賃上げ=一律ベースアップという単純な発想ではなく、解雇・降格・減給(その分ハイパフォーマーの賃上げ)を柔軟に行えるよう、会社側に援護射撃もしないと、人件費は適正化しない。市場価値よりはるかに高い賃金をもらっているぶら下がり社員が「超過保護」されていることで発生するコストが、顧客の負担する価格に転嫁されてしまうし、逆に他社から仕入れるコストは下げないといけなくなるのは、当たり前。
 
○中小企業だって、柔軟に解雇・降格・減給できれば、賃上げできると思う。人口が減ってもはや、労働者の立場が強くなっているのに、戦後と同じノリで「労働組合が、弱い労働者になり替わり、全員一律賃上げを要求」ってナンセンスだと思う。会社のほうが、ハイパフォーマーには定着してほしいから、労働組合よりよほど真剣に「賃上げ」を考えています。
 
話がそれますが…
 
賃金上げてね。多様な労働者を雇ってね。同一労働・同一賃金だよ。年金も企業が用意してね、国の年金はあてにならんから。託児所も、国のはいっぱいだから、企業で作ってくれる?でも業績悪くなったら日本経済にとってダメだから、業績出してね。あ、でも解雇はダメよ。ちゃんと労働者の権利と雇用は確保しなきゃね。あと、もちろん残業時間も減らすんだよ、働き改革だよ、長時間労働は日本の悪しき風習だからね。あと、世界で通用するリーダー人材の育成も忘れずによろしくね。
 
こういう企業への要望が成立すると思っているのであれば、政府の偉い方の思考回路は本当に大丈夫かと思ってしまう。
 

「ポケモンGO禁止・削除要請」に見る、変化受容力が低い国・ニッポン

何でもかんでも0か100で考える国、ニッポン。

日本の各観光名所で、ポケモンGoの利用を禁止したり、ポケストップの削除を開発元に申し入れる声が上がっています。

www.nikkansports.com

jp.sputniknews.com 

日経新聞(春秋)や産経新聞(産経抄)も「ポケモンGoのせいで歩きスマホが増えて心配だ」というコラムを真面目に掲載。

アメリカにてポケモンGOが先行導入された際には「家から出ずにゲームばかりしている子どもの肥満問題を一瞬にして解消するツール」といった、好意的なニュースもあったのに、日本では導入前から新聞社が批判的に報道。

彼らが非難しているポケモンGo!のポケストップは、もともとイングレスのポータルとしてずっと存在しています。何をいまさらという感じですが、新聞で具体的な代替案なき批判をしている記者や、利用禁止・削除要請した人たちは、ポケモンGoもイングレスもやったことがないのでしょう。

やってみると、もともと関心のなかった場所、知らなかった場所、行くつもりもなかった場所に人間を連れて行ってくれる可能性を秘めたアプリだということがわかるのではないかと思います。

僕が二条城や原爆ドームの管理責任者だったら、うまくこれらのゲームと共存し、もともと訪れる気のなかった人にも、足を運んでもらうきっかけとするでしょう。もちろん、事故防止対策や観光客の妨げにならないようなルール作りは必要。「ポケモンする人はこのエリアでどうぞ、観光客の妨げにならない場所にプレイヤー同士の憩いの場を作りました。地域内のポケストップガイド(他言語)も配布します。この場所ではこんな珍しいポケモンが出ますよ」といった感じでしょうか。

それを「ここではポケモンGo全面禁止」、あまつさえ「ポケストップを削除してくれ」って、思考停止ですね。

ポケモンGoのおかげで、これまでにない客層が訪れてくれるかも?どう活かすか?」というプラス思考より、「我々のところには、ほっといても観光客は来るのだ!事故の原因にもなるし、本来の観光目的で来ている人の妨げになるポケモンGoプレイヤーなど、来なくて結構」みたいな驕りの心が垣間見えます。日本の人口は減るので、いかにもともと知らない外国の方に知ってもらえるか、日本人でも来たことがある人にもう一度来てもらうか、ってかなり重要になってくると思うのですが…逆行している気がします。

なんですかね、たまたま立地がいいだけで味も美味しくない居酒屋や、接客がダメダメなコンビニに、たくさん客が入っている、みたいなことにならないといいな、と。

「いや、今は立地がいいから、ぞんざいにされても仕方なく行くが、鉄道の整備とか、周囲が開発され類似の選択肢が増えるみたいな地殻変動があれば、もう絶対行かないよ」と思いながら来ている客がいるということを、お店側がどれだけアンテナを貼れるのか、という話と似ている気がします。

日本に初めて来た外国観光客が「二条城?なんだいそれは、興味ないね」となるところを「ポケモンGoプレイヤーの集まるCoolなPlaceらしいから行ってみよう」となる。久しぶりの関西旅行に来た日本人が「二条城は10年前にもう言ったから、他のところに行こう」となるところを「ポケモンGoプレイヤー向けの、イベントをやっているみたいだから二条城に久しぶりに行ってみよう」となる。そんな可能性を秘めているのに、禁止、削除と保守的・短絡的な手立てしか思いつかないのは寂しい限りです。

横並び意識が強い日本ですから、今後、日本の有名な観光地が、こぞって「ウチもポケモンGOを禁止したほうがいいのではないか」という非生産的な議論をまじめにしていくのだと思います。ため息ですね。

「変化⇒めんどくさい⇒思考停止して禁止」とならず、変化に適応・変化をチャンスとして活かす発想ができる人間になりたいものです。

おまけ

もともとイングレスを少しやっていたこともあり…ポケモンGO配信日にダウンロードしてしまいました。イングレスもそうですが、このゲーム「運動が苦にならなくなる⇒痩せる」という効果もあります。おかげで先週末で約30kmウォーキング&サイクリングできました。しかし、運動後にビールで相殺してしまい…減量効果が出るのは…これからですね。

タマゴからポリゴンがかえって、童心に戻ったように喜びました。この、タマゴというのも「歩く」モチベーションを上げてくれますね。

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雑誌に文章を寄稿してみた。

かなりご無沙汰してしまった。

先日、と言っても3月末だが、中国カラオケ大会が縁で知り合い、いまは語学に関する研究を行っている、西村英希さんから、協力してほしいという連絡があった。

なんでも、知人が雑誌を作っているとのこと。日本の生活や習慣などを中国に伝えるための雑誌だそうだ。プロの作家でない、素人が日本語で書いた文章を中国語に訳して雑誌に載せるらしい。

テーマは「生活と電車」。あとは何でもいいとのこと。

喜んでお引き受けしたところ「厳正な審査の結果、採録させていただくことに決まりました」とのこと。

実際に雑誌が発行されるのが今から楽しみだ。ちなみに、寄稿した文章を以下に載せておこう思う。

ちょっとデフォルメしているが、すべて実体験に基づいている話だ。

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「サラリーマンには、絶対なりたくない」

 

学生時代、電車に乗るたびに強く思ったものだ。

 

大学2年生のボクは、週に1回か2回、朝のラッシュ時間に多磨霊園から恵比寿まで電車に乗って、バイト先の翻訳会社に通っていた。身動きが取れなくなるほど混んだ電車に体をねじ込み、体重をかけてくる隣の人を必死で足を踏ん張って押し返し、肩と肘を張り自分のスペースを確保する。痴漢と疑われないため、右手はつり革、左手にはカバンを持っておくことも重要。新聞・雑誌なんてもちろん見られない。寿司詰めになりながら、押しくら饅頭を繰り返し、ただひたすら願うだけの時間だ。「早く目的地についてくれ」と。

恵比寿駅に着いても、終わりではない。そう、「降りるための闘い」が控えているのだ。見知らぬ人には誰も声をかけないここ東京でも、この瞬間ばかりは違う。「降ります」と、人をかき分け押しのけ、我先に道なき道を進まなければ、降りる前にドアが閉まってしまう。乗り過ごして遅刻するくらいなら…生き残るためには多少自己中心的にならないといけないのか。これが大人になると言うことなのか?

無事恵比寿駅で降車しホームにつくと、今度はホームが混んでいる。改札までは自分のペースで歩ければ2分もかからない道を、団子状態の集団の中で2、3倍以上時間をかけてのろのろ進む。周囲を見ると無表情か、辛そうに下を向く顔が多い。まるでゾンビの行進のようだ。

やっとこ改札を出ると、もうくたくたである。とてもじゃないが「これから仕事」という気分ではない。

この人たちは、何が楽しくて月曜から金曜までこれを繰り返すのだろう。これで、本当に充実した人生と言えるのだろうか?ボクはゾンビの一員なんかにはなりたくない。

 

夜。バイトを終えた後、友人と新宿の安い居酒屋での飲み会を終えたボクは、新宿から京王線で帰る。運よく始発の特快に座れた。深夜だからか、混み具合は朝ほどでもない。

 

「あいつ、本当に仕事できねえんだよな!」

「あんなヤツの下では、働けないっすよ!」

 

さえないサラリーマンが、酔った勢いでよく吠えている。大体、この手の話の内容は「職場の人間関係」「同僚・部下への不満」「経営者・上司への批判」だ。あんた、会社では大した立場じゃないんだろ?ていうか電車じゃなくて、会社で本人に直接言ってやれよ。何より、周りが迷惑なんだよ…

そもそも、そんなに嫌ならやめればいいじゃん。好きでもない仕事を毎日して、生産性のない愚痴を言う。この人は何のために働くのだろうか?そこまでして、人間は働かないといけないのだろうか…

「あと数年すれば、俺も卒業か。就職はせず、個人事業主にでもなろうかな…」憂鬱な気分で、調布駅にて各停に乗り換えると、今度は30前後の女性が大きな口を開け、いびきをかいている。体は斜めに傾き、2席にわたって占領している。あと一押しすると床に滑り落ちそうな勢いだ。

いい年してみっともないなあ。ていうか、会社勤めってそんなに疲れるのか…

 

あれから約10年。心の底からなりたくないと思っていたサラリーマンとして、ボクは毎日電車に乗る。確かに辛い時も、疲れる時もある。だが、学生時代のボクにはわからなかった楽しみもある。個人事業主と違い、会社のお金で思い切って仕事にチャレンジできる。個人では絶対会ってくれないような企業や省庁の方と会ってもらえる。一緒に喜びも悲しみもシェアできるメンバーがいる。仕事がきっかけではないと決して行かないような場所、触れられないような情報もある。

朝の満員電車は、住む場所や使う路線を工夫し、朝30分だけ早く出れば避けられることも分かった。たまに起きるのが遅くなるとゾンビの群れに遭遇するが、毎日ゾンビの一員になるかどうかは自分の意思次第なのだ。

夜、同年代の男性社員と電車で上司の批判で盛り上がる。もちろん、会社で本人に直接話すように努力はしている。しかし、極力建設的に話すには言葉を選ぶ必要もあるし、言いすぎると嫌われるからぐっとこらえることもある。押さえつけていた言葉が、電車の中で開放感とともに吐露されるのだ。周りには迷惑かもしれないが…

同僚の女性は疲れたのか、大きな口を開けて寝ている。ただ、彼女は無駄にだらだら仕事したくないから、会社ではいつもトップギアだ。限られた時間で生産性を上げるために、常に頭をフル回転させている彼女には、帰りの電車が、数少ないほっとできる時間なのだ。たまには寝てしまっても、いいじゃないか。周りには迷惑かもしれないが…

 

私に言う資格はないが、世の学生の皆さんには、電車の中で疲れたサラリーマンを見たら「この人は会社で頑張っている人だな」と思ってあげるようにしてほしい。「サラリーマンに憧れを持て」とは言わないから。