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Tutian日記

社員20名のベンチャーに新卒入社し、27歳で管理職になるも、29歳で創業130年老舗メーカーに一兵卒として転職してみて気づいたことを書きます。 ①人材業界②人事③就活④大企業vs中小企業といったネタで書こうと思います。ゆるいプライベートの話題も書きます。

「自分たちがやるしかない」環境になれば、人は当事者意識も主体性も自然に出る。

すっかり前回から間が空いてしまった。

なべはるさん、おごりますので今月どこかでご飯行きましょう。

※しばらく、タイトルと関係ない話題が続きます。

 

先日「第7回全日本青少年中国語カラオケ大会」に参加してきた。

今回で6回目の参加。桜美林大学孔子学院の皆様には本当に感謝感謝です。

結果は三等賞。

 

さて、この競技(?)は「35歳以下」という明確な年齢制限があるため、30を超えた私にとっては「そろそろ進退を考える」時期なのかもしれない。

でも、結論から言うと「次回も出たい」です。

「若者のチャンスを奪うな」と言われそうですが、毎回ちゃんと予選を経て参加しているわけで。コネとかで特別枠で参加しているわけではないわけで。

若者はチャンスがほしければ、自力でおっさんを淘汰してください(笑)
嗚呼、こうして私も権限を委譲しないおっさんになっていくのでしょうか。

 

今回の大会のすばらしさは、参加者の皆様がまとめてくださっているので、私は、この大会と私の2008年から現在に至る歩みを簡単にまとめてみることにした。

 

2008年@上海 同済大学

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当時、まだ学生(23歳)。
同じ大学に通うイシモトさん、カツマタさんと、陶喆RUNAWAYを歌いました。

この時はなんと、生バンドによる演奏だったんですね。

その他の写真はこちらからどうぞ。
みんな若いですねー。

 

2009年@上海 同済大学

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イシモトさんが、銀行に就職、関西勤務になったので、脱退(涙)。

同窓でもあり、年齢も同じオオツキさんが加入。

周杰倫聴媽媽的話を歌いました。初の三等賞で賞金ゲット。

私個人の話をすると、社会人一年目、新規営業で地獄のような日々を送っていましたので、一番痩せてますね。

「お前の給料いくら?」「で、いくら売ったの?」「てことは、給料泥棒だよね」の三段論法は、今の会社で使ったら、パワハラで訴えられると思います。

その他の写真はこちら

 

2010年@上海 同済大学

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オオツキさんも関西勤務になり、この会からカツマタさんとのデュオに。

写真は、どんちゃんとお互いの三等賞を讃え合うの図。

選曲は、信樂團天亮以後說分手
個人的には、自己ベストを争う曲ですね。

社会人二年目、会社全体は大変でしたが、個人予算を達成したり、四半期社内トップとかもとったりしたのも確かこの頃。なんか顔つきから自信が窺えますな。

さらに、当時はなんと上海で万博をやっていたのですな。

どこのパビリオンも人でごった返していて、一番空いている北朝鮮パビリオンに行った記憶があります。

その他の写真はこちら

 

2011年@上海 同済大学

この年は、チャイナを生々しく体験できた。
(下記、ざっくりした顛末。詳細な話をすると、事実と異なる部分があると思いますが笑い話として流してください)

・カラオケ大会がテレビ中継される
・ところが、本番前半で審査員が結構辛口な審査
・「点数が低すぎると、レベルの低い大会だと思われ、メンツがなくなる」という神の声
・後半の出場者、得点が高騰!
・前半の出場者、涙目。

我々の出番は見事に、前半だったのですよ…
というわけで入賞なし。

偉くなるには、実力だけでなく運と政治力が必要

ということを学ぶための教訓だったのかもしれない(大げさ)。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
失意の中、ホテルに戻った我々の前に現れた学生さんが
「歌を聞いて感動した。写真を撮ってほしい」と言ってくれたのです。

高得点をとるために、審査員や大会側に迎合するのではなく、聞いている人が楽しいものを、自分たち自身も楽しんで歌うことが大事なのですよ。

名も知らない学生さん、本当にありがとう。

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拾う神その2。今回の大会が、中国現地でネットのニュースになったのですが、以下の画像が使われていた。

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ちなみに選曲は、信樂團天高地厚でした。

その他の写真はこちら

 

2013年@北京 中国传媒大学

今回から、隔年開催となった本大会。舞台も北京に移された。

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このころから、今の体型にだいぶ近づいている。(それでもまだ今より痩せている…)

周杰倫費玉清千里之外を歌ったのだが、結果はふるわず。
振り返るに「老若男女知っている曲のほうが審査員受けする」という阿りが、無意識に芽生えていたのではなかったかと思う。

迎合して、合わないor向かない(この曲は実際自分たちのベストが出せる音域とは少しずれた曲だった)ことをしても、良い結果など出るはずがない。

「審査員や大会側に迎合するのではなく、聞いている人が楽しいものを、自分たち自身も楽しんで歌う」ということを再認識する良い教訓になったと思う。

その他の写真はこちら

2015年@上海 同済大学

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もはやカラオケというより、デブの芸人か、プロレスラーがマイクパフォーマンスしているかのような体型になってしまったが、私は私です。

曲は、動力火車

カツマタさんと二人でカラオケに行き、偶然この曲を聞いたのだが、二人とも即座に「今年はこの曲で行こう」ということになった。

 

心境には若干の変化があった。

元来は、私はアウトローキャラ、というか集団になじむのが苦手である。

過去の大会は、自分より参加経験の長いの方も多く、まとめ役のお兄さん・お姐さん的な人が自然に出てきて、メンバーをまとめてくれていたのだ。特に自分が何もしなくても良かったし、あまりでしゃばるのも嫌なので、何もしなかった。

一方、今回は、過去参加経験者で出場できなかった方も多かった。大会経験だけでいうと一番長くなってしまった。そんな環境になると、こんな協調性のない私でも、メンバー全体で一体感が出るにはどうするかということを考えていた(あまり行動は伴っていないが)のは、自分でも不思議な感覚だった。

「自分たちがやるしかない」環境になれば、人は当事者意識も主体性も自然に出る。

そんなもんだと思います。話はそれますが、私も前職時代は上司が毎年(最短半年)変わりましたし、上司や先輩が辞めていなくなってしまうことも少なくなかったですが、そうでなければ、若くして自分にチャンスが回ってくることはなかったろうし、全く違う仕事人生になっていたと思います。

自分は既得権益に甘えずに、権限移譲できる人になりたいと改めて感じた次第です。私も自力でおっさんたちを淘汰(というか乗り越える)しないといけないですね。

ただ、この大会は35歳になるまで出続けようと思います 笑。