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Tutian日記

社員20名のベンチャーに新卒入社し、27歳で管理職になるも、29歳で創業130年老舗メーカーに一兵卒として転職してみて気づいたことを書きます。 ①人材業界②人事③就活④大企業vs中小企業といったネタで書こうと思います。ゆるいプライベートの話題も書きます。

「部下」「指示」という言葉を使わない

「組織というものは、なぜこんなにも硬直してしまうのか」と考えている。

 

誰もが問題だと認識していることも、昼のオフィスでは誰も言わない。
夜の飲み会では不平不満として出るのに。

 

現在需要が底堅い事業で、現状は業績が安定している組織では、問題を放置しておいても直近で困ることはない。

 

波風を立てて孤立するリスクをとってまで変える意味が見いだせない。

「歴史を理解したうえで、これまでの経緯を尊重して変えろ」という、もはや思考停止と同義のテンプレート化した指摘。それをかわすための対策・ステップを踏む労力と、「自分が変えた」という責任を負う危険も含めると、あまりにもデメリットの方が、変えることで得られるメリットより大きすぎるように見えてしまって、躊躇してしまう。

 

問題だと思っているけど、変えない。臭い物に蓋をする。

5年前、10年前の資料を見ていると、今と全く同じことが「問題」として挙がっている。  

先送りにしていても、年功で昇進できる。だからわざわざ「バツ」がつくような危険を冒す必要はない。

 

と言う理屈は、頭では理解できるようになった。 
これを何年繰り返してきたのだろう。今後いつまで繰り返すのだろう。

 

というわけで、なぜ組織は「大企業病(=硬直)」化してしまうのか、最近はよく考える。

 

規模が小さく、比較的フラットな人間関係の組織にいた経験もあるので、当時と比べてみて、「大企業病」組織の特徴や、「大企業病」になった組織がもう一度血のめぐりを良くするヒントや、「大企業病」を予防するヒントが見いだせないか、このブログでもつれづれ書いてみたくなった。

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仕事は「部下」に「指示」するもの?

今の組織に来て、印象的だったのが「部下」「指示」という言葉を当たり前に使っていることとだ。ここにも「大企業病」を考えるヒントがあると感じている。

何がおかしいのか、と思われるかもしれないが、前にいた組織では「部下」「指示」という言葉を、言うことも言われることもなかった。

7名の小さな組織の長を務める機会もいただいたが、その時も意識的に「部下(下の者、など類似表現を含む)」「指示(命令、など類似表現を含む)」は使わないようにしていた。

「部下」=「メンバー」、「指示」=「依頼/希望・期待」という形に言い換えるように努めていた。

組織の長には、達成すべき成果がある。そして、それは一人では到底達成できない。だから「メンバー」が必要になる。達成すべき成果のために集まった人たちなので「メンバー」と呼ぶ。レポートラインや意思決定フローはあるし、人事制度上の職種や等級は違うかもしれないが、別に人間そのものに上下関係があるわけではない。

そして、組織の長に課せられた使命を達成するために、そのメンバーに期待していること、担ってほしい役割を伝える。使命達成のためになすべきことを一部メンバーに分担してもらう。だから「依頼/希望・期待」という言葉を使う。「依頼/希望・期待」が叶えられれば、細かいやり方はメンバーに任せる、というニュアンスも込めている。

 

一方で「部下」に「指示」という表現は、

・ピラミッド的序列(上下関係)という背景に頼らないと人を動かせない
・仕事は、上司の指示・命令通りにやるもの(自分で考えなくていい)

という、ニュアンスが含まれていると感じる。

これでは「変化への対応力を高める」というマインドの組織にはなりにくい。

 

というわけで、今の組織でも自分は絶対「部下」「指示」という表現を使わないようにしている。面白いもので、ちょっとした変化が(勝手な思い込みかもしれないが)見られ始めたかもしれないと思っている。

今後のブログで、ちょっとした変化についても取り上げてみたい。